大阪地方裁判所 平成元年(ヨ)3313号
申請人
山﨑稔文
右申請人代理人弁護士
中澤洋央兒
被申請人
太陽電線株式会社
右代表者代表取締役
谷口直彌
右被申請人代理人弁護士
出宮靖二郎
同
福本基次
同
中道武美
主文
申請人が被申請人に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることをかりに定める。
被申請人は、申請人に対し、平成元年一一月から本案の第一審判決言渡しまで、毎月末日限り、一か月金四〇万一〇〇〇円の割合による金員をかりに支払え。
申請人のその余の本件申請を却下する。
申請費用は、これを三分し、その一を申請人の、その余を被申請人の負担とする。
理由
第一申請の趣旨
1 主文一項同旨
2 被申請人が平成元年七月五日に申請人に対してした休職処分の効力をかりに停止する。
3 申請人が被申請人三田工場資材部資材課に資材課長として勤務する権利を有することをかりに定める。
4 被申請人は、申請人に対し、(1)金八〇万二〇〇〇円およびこれに対する平成元年一一月一日から支払ずみまで年六分の割合による金員、(2) 平成元年一一月から本案判決確定まで、毎月末日限り一か月金四〇万一〇〇〇円の割合による金員、および、毎年六月と一二月の各末日限り各金一二〇万円ずつ、をかりに支払え。
第二当裁判所の判断
一 争いのない事実および本件疎明と審尋の全趣旨によって認められる事実は、次のとおりである。
1 被申請人は、各種電線の製造販売等の事業をしている株式会社である。
2 申請人は、昭和四三年九月に大学を卒業し、翌四四年四月に被申請人に入社し、以後の大部分の期間を営業部において勤務し、昭和五五年八月一日営業部販売課長に、昭和六一年一二月一日営業部次長に、それぞれ昇進した。
3 昭和六三年四月一日、被申請人は、申請人の所属を営業部から三田工場資材部に移したうえ、申請人を同工場資材部資材課長に降格した。
さらに、平成元年六月一九日、被申請人は、申請人の資材課長の職を解いてその所属を資材課から外し、申請人を同工場の工場長付とした。
右の降格処分は、営業部における申請人の事務処理が杜撰で、勤務態度も乱雑をきわめ、被申請人の営業に支障をきたす旨を理由としたものである。次いで、申請人を工場長付とした処分の理由は、次のようなものである。すなわち、被申請人においては、申請人を資材課長とした当初は、申請人の営業部当時の勤務態度を考慮し、資材部の重要な業務である買付けの業務を担当させず、資材の管理事務(資材の入出庫管理、および統計資料、資材購入表等の作成)に従事させ、平成元年四月になって初めて、上司の申請人に対する管理が容易なテープ類等の一部資材にかぎって買付けの業務に従事させたが、申請人の納入業者に対する納期や納入価格の要求がきびしすぎるため、納入業者の多くから被申請人に苦情が寄せられたことがあり、また申請人の担当外のゴムコンパウンドの購入に申請人が不当に介入したことがあり、あるいは、申請人は、通産省および日本電線工業会に提出すべき平成元年三月度の資料の作成を遅らせたり、業者との交渉と称して工場にいなくなることを続けたりするなど、管理者としてはおよそふさわしくない勤務懈怠の状態を続けた、というものである。
被申請人は右理由により申請人を工場長付としたが、同時に課長待遇をうけるものとしたため、申請人は、賃金等の経済的処遇については、資材課長のそれと比較してなんらの不利益もうけていない。
4 ところで、平成元年六月二七日と七月一日に三田工場から軟銅線ボビン計一一個(四〇五万円相当)が不正に搬出されるという事故が発生した。被申請人においては、七月三、四日、右搬出行為に直接関与した資材課所属の従業員上仲修一から事情を聴取し、さらに右搬出は申請人の指示に基づいてした旨の上仲の陳述にしたがって申請人からも弁解を聞き、事情聴取をするなどして調査した結果、申請人は否定しているものの、右搬出行為に申請人が関与したものと判断されるとして、申請人を就業規則八八条(懲戒により解雇するものに対し必要あるときは解雇期日までの間就業を差し止めることがある。)の規定により就業差止めの処分(いわゆる休職処分)に付した。そして、被申請人は、同年八月一日、工場長、部課長、労働組合役員によって構成される懲罰委員会を設置し、同委員会における同月四日および八日の審議と同月二一日付の申請人を懲戒解雇することを相当とする旨の決議(委員全員一致の決議)をうけて、申請人には懲戒解雇を定めた就業規則八三条のうちの八号(他人の所持品又は会社の所有物を盗み又は盗もうとしたとき)および一二号(刑法に触れる行為を行ったとき)の規定に該当する行為があったとの理由により、同月三一日付で申請人を懲戒解雇した(被申請人の右調査等の手続に申請人主張のような違法ないし就業規則等の社内規則違反の点はみあたらない。)。
なお、被申請人は、申請人の就業差止めの期間中、申請人に賃金カット等の経済的不利益を与えることはしていない。
5 被申請人の調査に対する上仲の陳述の要旨は次のようなものである。すなわち、同年六月二六日昼ごろ、三田工場内において、申請人が上仲に対し、当日工場内においてあった二ミリの軟銅線ボビン三個と二・六ミリの軟銅線ボビン三個を午後三時ごろ工場裏門に来る二トントラックに積んで出荷するように指示したが、午後三時前ごろになって、申請人が先の指示を変更し、翌二七日午前七時四〇分ごろに来るトラックに右ボビンを積んで出荷するよう改めて指示したので、上仲は、申請人の指示にしたがい、二七日午前七時二〇分ごろ裏門に来ていた青色の二トントラックに二ミリのボビン二個(前日三個あった同ボビンのうち一個は同日朝なかった。)と二・六ミリのボビン三個を積み込んで搬出させた。次いで六月三〇日昼過ぎごろ工場内で、申請人が上仲に対し、そのとき工場内にあった二ミリの軟銅線ボビン六個を翌七月一日午前七時四〇分に来るトラックに積んで出荷するように指示したので、上仲は、前回同様申請人の指示にしたがい七月一日午前七時四〇分ごろ工場裏門に来たトラックに右ボビン六個を積み込んで搬出させた。ところで、こうした出荷は送り状を発行してすることになっているが、申請人が上仲に指示したさい送り状がなかったため、上仲が申請人にその点を確かめたところ、送り状に関する事務は申請人が処理してあるといわれたので、上仲は、上司である申請人のいうことでもあり申請人の言葉を信じて、送り状なしで右各搬出の作業をした。上仲は以上のように陳述した。
六月二七日と七月一日の両日、上仲の陳述する時刻のころに、工場裏門に社外のトラックが来て駐車していたこと、また七月一日に上仲が右トラックに軟銅線ボビンを積み込む作業をしていたことを、被申請人の従業員が目撃しており、さらに、六月二八日に資材課所属の同僚に対して上仲が前日申請人の指示で軟銅線ボビンを出荷した旨報告し、かつ、七月一日には、当日搬出したボビンがその日の製造部製造課第一製造係(芯線職場)における作業に使用するものであったため、それがなくなっていることに不審を感じた同係長からボビンをどこかへ移動したことがないかを尋ねられた上仲が、申請人の指示で出荷した旨答えた、という事実がある。
一方、申請人は、自己が上仲に同人のいうような出荷の指示をしたこと、その他いかなる形でも申請人が軟銅線ボビンの不正搬出に係わったことを強く否定している。六月二六日午後および三〇日午後については、申請人は被申請人に対して有給休暇をとる旨届け出ているが、申請人が右両日実際にいつごろまで工場にいたかどうかはともかくとして、上仲が申請人から指示をうけたという時刻のころに申請人と上仲が同じ場所にいたかどうか、少なくともそのころに申請人が工場内にいたかどうかは、その各時間帯が勤務時間中であって他に従業員もいたにもかかわらず、被申請人の調査によっても、目撃者も現れず、まったく不明のままである。さらに、軟銅線ボビンを搬出したトラックが誰の指示で工場に来たのか、どこへボビンを運んでどのように処分したのかは、まったく不明である。
被申請人においては、八月四日、三田警察署に対し、軟銅線ボビンの不正搬出につき被害届を提出して捜査依頼をしたが、申請人を懲戒解雇したのちに、直接には被申請人を親会社の重役から、申請人が右解雇を不当なものとして訴訟手続等で争うようなことはさせないから、警察に対する被害届を取り下げて穏便に問題を処理して欲しい旨の意向が寄せられ、同重役や申請人とも協議した結果、懲戒解雇を撤回していわゆる円満退社扱いで事態を処理できるものと判断し、九月一九日、第三者による仲介を理由として、右被害届を取り下げた。申請人と被申請人の意向に食い違いがあって、結局円満解決はできなかったが、そのときにはすでに被申請人が被害届を取り下げていたこともあって、軟銅線ボビン不正搬出の実態が捜査当局によって明らかにされることなく終わる結果となった。
二 以上の事実に基づき、本件申請の当否について次のとおり判断する。
1 申請人に対する懲戒解雇事由、要するに申請人が軟銅線ボビンの不正搬出に関与したことについては、疎明が足りないというべきである。たしかに、上仲の陳述はかなり具体的で一貫したものであり、被申請人の複数の従業員が上仲の陳述の一部を裏付けるような体験をしていることでもあるから、上仲の陳述は一応信用できるようである。しかし、上仲の陳述によっても、申請人の右搬出への関与は申請人の上仲に対する出荷指示以外にはないのであるから、申請人が不正搬出に関与したというためには右出荷指示の点が明らかにされなければならない。ところが、六月二六日および三〇日の両日とも、申請人が上仲に指示したという時間帯は勤務時間中であり、その場所は他に従業員もいる工場内であるにもかかわらず、そのころに申請人を目撃した者が誰も現れないというのは、もっとも重要な事実が明らかにされていないというべきものである。また、右搬出は、当然発行されるべき送り状なしでされているが、申請人が工場長付となるまで上仲の上司(資材課長)であったとしても、すでに上司の地位を離れている申請人のいうままに上仲が二回も送り状なしで出荷したというのも、あまりにルーズな事務処理であって、容易に納得できない点である。さらに、工場からボビンを搬出して以降の運搬および処分の主体、経過がわかれば、その点から被申請人社内の関与者を推定することができることもあるであろうが、本件では誰がトラックでボビンを搬出し、これをどこに運んでどのように処分したかも一切明らかになっていない。以上のほか、事情はともかく被申請人が被害届を撤回したため、捜査当局によって不正搬出の実態が解明されることなく終わったという事実のもとでは、申請人が右不正搬出に関与したというには、それにそう疎明は一応あるものの、なお重要な点において疑問があり、結局疎明が足りないというほかない。
したがって、被申請人のした懲戒解雇は、その主張する就業規則所定の懲戒解雇事由を認めるに足りず、無効であるというべきである。
申請人は、申請人が被申請人に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることをかりに定めることを求めるところ、被申請人はこの地位を争っており、そして疎明によれば、申請人がこのまま本案判決の確定をまつのでは、それまで被申請人から賃金の支給その他従業員として当然うけるべき待遇を一切うけられず、申請人が被申請人から得る賃金等で支えてきた自己と家族の生活も維持できなくなるなど、右申請部分につき仮処分の必要があることが一応認められるから、右申請部分は理由があり、事案の性質上保証を立てさせないでこれを認容すべきである。
2 申請人は、右従業員の地位に基づき賃金および期末手当の仮払いを求めるところ、疎明によって一応認められる申請人の被申請人における従来の地位、申請人と家族の生活の状況、申請人とその妻の収入、それを失うことによって予想される困窮度などの事情を考慮すれば、申請人が本件申請をした月である平成元年一一月から第一審判決の言渡しまでの限度で毎月末日限り解雇時の月額である前記認定の月額四〇万一〇〇〇円の割合による賃金の仮払いを申請人にうけさせる必要があるといえる(なお、被申請人は、申請人の妻が収入を得ていることを賃金仮払いの必要生を欠く事情として主張するが、疎明によれば、申請人の妻がいわゆるパートタイマーとして収入を得ているものの、申請人は自己と妻の収入をあわせて従来の生活を維持してきたものであることが認められるから、妻の収入は賃金仮払いの必要性を失わせる事情となるものではなく、仮払いの額を減じさせるほどの事情でもないというべきである。)。右認定の限度を越える賃金および期末手当の仮払いを求める申請部分は、必要性について疎明がない(とくに、右仮払いの必要性を認めた賃金月額がかなりの額であり、申請人の妻も収入があることを考えると、期末手当の仮払いを命じるまでの必要はないというべきである。)。
したがって、右申請部分は、前記の限度で理由があるから、事案の性質上保証を立てさせないで認容すべきであり、そのほかの部分は理由がないから却下すべきである(同部分につき疎明に代えて保証を立てさせることは相当でない。)。
3 さらに、申請人は、(1)被申請人が申請人を資材課長から工場長付とした処分の効力を争い、申請人が資材課長の地位にあることをかりに定めることを求め、また、(2)就業差止めの処分の効力を争い、同処分の効力のかりの停止を求める。
しかし、(1)の点については、同処分は人事経営上の裁量に基づく降格処分といえるところ、疎明によれば、処分の理由にかなりの程度にそう事情のあることが認められるから、その処分は裁量の範囲を逸脱して無効であるとはいえないものであるうえ、同処分によって申請人は賃金の減額等の経済的不利益をうけていないから、右課長の地位をかりに定める必要性もないといえる。
また、(2)の点についても、懲戒解雇時までの就業差止めによって申請人は賃金カットなどの不利益を一切うけていないのであるから、懲戒解雇の無効を原因として申請人の被申請人における従業員の地位をかりに定めるほかに、就業差止めの効力を停止する必要はないといえる。
右(1)、(2)の申請部分はいずれも理由がなく、これを却下すべきである(疎明に代えて保証を立てさせることも相当でない。)。
三 以上のとおりであるから、右二において本件申請を認容すべきものとした部分を認容し、そのほかは理由がないので却下することとし、申請費用の負担につき民訴法九二条、八九条にしたがい、主文のとおり決定する。
(裁判官 岨野悌介)